香りの世界には、香道のように香木の香りを「聞く」楽しみだけでなく、香料を調合して香りを「作る」楽しみもあります。
それが「薫物(たきもの)」──香りを作り出す文化、もうひとつの日本の香りのとびらです。
今回ご紹介するのは、平安の昔より伝わる薫物について。
伝統の香りに、現代の感性とやさしさを添えて──
今の暮らしに寄り添うかたちで、私自身が今、一つひとつ調香しています。
上手くいけば8月より、数量限定でお届け予定です!
「六種の薫物」とは?
平安時代の貴族たちは、香りを“身だしなみ”として楽しんでいました。
その中でも特に代表的な6種の香りが「六種の薫物」。それぞれに名前と香りの個性があります。
香料を組み合わせる配合の妙、そして香りに込められた情景──
それはまるで、香りを通して物語を編むような作業です。
平安時代の香文化を伝える古典『薫集類抄(くんじゅうるいしょう)』にも記される、六種の基本的な薫物の型。
それぞれに異なる香りの個性と、美しい名前がついています。
黒方(くろぼう)
梅花(ばいか)
荷葉(かよう)
菊花(きっか)
落葉(らくよう・おちば)
侍従(じじゅう)
そして、薫衣香(くのえこう)えび香・・・。

調香の裏話──香りは「創る」もの
現在作成している薫物。この調香にはあたりまえですが思っていた以上に時間がかかっています。
一つの香りを仕上げるまでに、何度も試作を重ね、バランスを微調整し、そして香りが落ち着くまでの日々。
甘さを引きすぎれば現代的にくどくなり、渋みを残しすぎれば遠い昔の香りに閉じこもってしまう。
その間をどうすれば良いのか──それは感性と経験が必要なのでしょう。
そしてそれは、ほんの少しの失敗する“勇気”だとも思います。
香材の個性に耳をすませながら、ひとつずつ確かめていく作業。
静かだけれどとてもエネルギーを使うもの。
でも、完成したかな?と思う瞬間はまるで「香りが自分の言葉を話しはじめた」ような不思議な感動があります。
テーマを決めて試作をし、調香をあれこれ考えていく中でとても印象的だったのは、
香りの世界は“時間と記憶”を扱っているのではないか?
ということでした。
香材の名前を聞くだけで、その香りに重ねられてきた歴史や記憶の層がふわりと浮かびあがる。
それは香席の時に香りを覚えておくための手順にもなぞらえますね。
そんな繊細な世界を、現代の私たちの生活の中に再び息づかせようとしていくことに、畏怖を抱きます。
そして、ただただ過去に修練を積み上げていかれた方々へ頭が下がる思いも伴うものです。
「香りのせめぎ合い」──調香という、香材たちの対話劇
調香する時は、一見おだやかに見えるかもしれません。
でもその静けさの中で、香材たちは密かにせめぎあっているのです。
たとえば「麝香(じゃこう)」と「白檀(びゃくだん)」。
この2つは、香りの世界でいえばいわば 演技派同士のスター俳優!
どちらも存在感が強く、個性もはっきりしているので、うまく共演させるには腕が問われます。
白檀がやわらかく場を整えようとしても、麝香がふと前に出すぎると「甘さが重たい」と感じられる。
逆に白檀を控えめにすると、香りの芯がぼやけてしまう・・・この悩み、大きかったのです。
配分量「0.2の攻防戦」の中で何度も書き直ししたくなったのは、その調香料の匙加減ではなく、香りの構成図でした。
例えばAIを使えば、「この配合は論理的にこうなるはず」という計算もできます。
でも、それを裏切るのが香りの世界。
AIには“現代の香料”の品質(いうなれば香りのパワーなど)がどの程度のものなのかわかるはずもなく・・・。
香りを調整するのではないよね、折り合いをつけるのよね
差引を上手くできるようになる、それはつまり“主張のぶつかり合い”ではなく、香りの持つ“美しさの共演”なんだと気づかされるのです。
まるで、舞台の照明の光と影のように、控えめなところと大きく出るところの時系列・配合を考えて香材を少しずつ変え整えていく。
薫物づくりは、香りとの対話であり、自分との対話でもあります。
香道直心流では薫物のお手前も「伏籠手前」という作法でお稽古します。
その薫物自体を作り出していく面白さを、見つけてしまっています。
常々思うのは、
私は香りを枠にはめて考えていない
ということ。
まだよくわからないけれど、いろいろなものが絡み合って香道があります。
そこにいる「私」も好きですが、香りの世界の知識をもっと持ちたいとも思うのです。
そのようなことをいろいろ考えながらの薫物作り。
8月の発売に向けて、ひとつずつ丁寧に整えていきます。
どうぞ楽しみにお待ちくださいませ。
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